((腕)時計)ゆるゆるつれづれ記

腕時計やカフェイン飲料などの、こころ安らぐ話題を、、、

いろは歌 〜無常と空〜

いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ
ういのおくやま けふこえて あさきゆめみし えひもせす

色は匂えど 散りぬるを 我が世誰ぞ 常ならむ 
有為の奥山 今日越えて 浅き夢見じ 酔ひもせず


花

花の写真にキャプションをつけようと思っていたら「いろは歌」が思い浮かんだので、
せっかくなので今日はこの「いろは歌」をわたしなりに自由に解釈してみたいと思います。
わたしの勝手な解釈ですので、作者の意図からするとわたしの解釈はだいぶ外れているかも知れません。
素人の解釈ですから、専門の方からはお叱りをうける内容かもしれませんので、誤りについて先にお詫びいたします。


「色は匂えど 散りぬるを 我が世誰ぞ 常ならむ」は、諸行無常を示していると思われる。
色=物質的現象(例えば腕時計とか花とか)は魅力的で執着を起こさせるけど、その本質は無常ゆえ、そういうものはやがて散りぢりになり、自分の人生も、いつ終わるか分からない。

「有為の奥山 今日越えて 浅き夢見じ 酔ひもせず」
まず、「有為」というのは原因と条件に依存して成立しているもののことを示し、五蘊(色・受・想・行・識)に含まれるものはすべて有為法に分類される。
有為に対して「無為」というのは原因や条件に依らない存在をいい、常住であり、虚空や涅槃や空性などは無為法に分類される。
有為法と無為法を合わせて「一切法(=存在すべて)」という。

「有為の奥山」の「奥山」の示す意味
①有為法のみでなく無為法も含む一切法の意味と解釈し
②「有為と無為の顕現すべて」はそれを追及すれば自性空であるという意味と解釈する(特別な分析(止観)を通してこそ体得できることだから、一般の顕現の奥にあるあり方という意味で)

先ほどの①②の解釈をもって後半部をみたいと思う。
「有為の奥山」で一切法の空性を示す。
「今日越えて」の「越える」は「空性を悟る知恵=般若の智慧」を示す。金剛乗も指し示していると解釈する。
「浅き夢みじ」はその般若の智慧によって煩悩(煩悩障)を断じることを示すと解釈する。
「酔ひもせず」で煩悩の悪影響である所知障を断じることを示すと解釈する。
後半部全体で、般若波羅蜜によって迷いの世界=輪廻の苦海を越えて成仏すると解釈する。つまり「三世諸仏依般若波羅蜜多故得阿耨多羅三藐三菩提 」と同じ意味である。
さらに隠れた意味として、煩悩を断ち切る般若を支える、方便たる大悲と、大悲を根本とする菩提心。それから、布施・持戒・忍辱・精進・禅定・般若の六波羅蜜を示すと解釈する。成仏するには智慧だけでなく方便が伴う必要があるからだ。
もう一つの解釈として、前半部を四諦のうち苦諦と集諦、後半部を滅諦と道諦として解釈することもできるのではないかと思う。
「いろは歌」が仏教的な歌であることは間違いないが、大乗仏教の要諦ではないかというわたしの勝手な解釈でした。



読んでくださりありがとうございます!






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  1. 2015/05/13(水) 00:48:05|
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